まるごと∞まんまるスマイル

丸山くんメインながら、全メンバーこよなく愛でるブログ。惚れたもんだから仕方な〜い。

『羊の木』のあの人について(ネタバレあり)

見終わってからずっとあれこれ考えてます、『羊の木』。余韻が止まらない〜!

思いついたことだけコンパクトに書いていきます。

ネタバレ回避の方はごめんなさい、また来てください。絶対ネタバレなしで見たほうがおもしろいんで。タイトルもものすごく悩みました(笑)。

では、本題に入ります。

勝手に賞をあげるなら

私が勝手に2018年の助演男優賞をあげるなら、間違いなく宮腰役の松田龍平氏ですね。気が早過ぎるけども(笑)。

もうホントに怖かった。

声を荒げることもなく、終始淡々としてるのに、いやだからこそのあの怖さ。

彼にしかできない役。

「普通」の怖さ

最初から怪しいは怪しかったんですよね。6人の受刑者と出会うシーンの中で、彼だけが一見「普通」に人懐こくて。素直で。

こういう、「普通」に見える人ほど怖いんだよなぁ。

と思ってたら案の定なんですが、わかっていても怖かった。

あの、港で杉山にとどめをさすために車をバックさせるときの、迷いのない無表情。

そしてそんな非情な行いをしてから、月末の部屋で「すごく疲れた」と眠ってしまう無防備さ。

読めない…読めなさすぎる。

人は、理解のできないものに恐怖を抱くらしいけど、宮腰はまさにそういう不気味さのかたまりでした。

わからない、という恐怖。

語られなかったこと

物語の最初から、犯した罪が明かされるのは宮腰だけです。

本人が自分で月末に語るから。

それが素直な人懐こさにも最初は見えるんですが、話の中盤から、「語られなかった部分」が見えてくると話は変わってくる。

初犯ではなかったらしいこと。しかも未成年のときにすでに同じ罪を犯しているらしいこと。

本人が「ついうっかり」のていで、まるで事故のように話した罪の、本当の重み。

こうなると、最初に話したのは油断させるための策略だったのかとも勘ぐりたくなります。

でも私は、今の時点では、それは作為的なものではなかったと考えます。

宮腰は、常に「今」しかない人間なんじゃないかと。

「今」しかない人生

今、目の前の人をいい人だと思う。

今、自分のことを話したいから話す。

今、自分にトラブルが降りかかる。

今、トラブルを解決する。

トラブルの解決方法を最短距離で考え、それを躊躇なく実行してしまう宮腰。

自分としてはいちばん正しいことをしているはずなのに、結果的にいちばんやってはいけないことをしてしまう宮腰。

最善策が最悪な結果を招く人生。

どんな生育環境にあったのかはわからないけど、身元引受け人がいないんだし、あたたかい家族に囲まれて生きてきたようには思えません。心が幼少時のままで止まっているような印象も受けます。

子どもたちののろろ様遊びを見て惹きつけられ、ごく自然にいっしょに遊び始めたときのように。

追いかけっこも、仕事も、キスも、人殺しも、どこまでもフラット。

人を殺して、「すごく疲れた」と月末の部屋で眠る宮腰は、まるで安らげる場所を求める子どものようでした。

ものすごく切ない。

せっかく友達になれると思ったのに、その人の好きだった人を自分が取ってしまっていた。しかもその彼女には自分の過去がバレて嫌われてしまった。

得られると思った平安はすべてまた失われた。

きっと、「また」だと思うんです。そうやって、欲しいものをずっと失いながら、空っぽのまま、生きてきたんじゃないかって。

でも、彼は月末の手を取った。

いっしょに

最後の崖のシーン。あそこ巻き戻してもう一回見たいなぁ(笑)。

宮腰が月末の手を取る場面、ものすごく印象的なんだけど、もっと詳しく見たい。

記憶力がないんで、大間違いかもしれませんが、

「いっしょに落ちよう」

という宮腰の行動は、

「いっしょに死のう」

という無理心中と同じくらい乱暴な愛の形に見えたんですよね。

極端な一体化願望として。

人殺しとして普通の人生を送れない宮腰から見れば、普通の人生を歩み、普通に人を信じることのできる月末は、激しい憧れの対象だっただろうし、もしかしたら歩めたもう1人の自分に見えたかもしれない。

まるで表と裏みたいに。

羊の木を描いた、あの不気味な絵を思い出します。

根っこは一つの羊なのに、枝分かれした先に、それぞれ別の羊がそれぞれの形でぶら下がっている。前を向いている羊もいれば、お尻を向けている羊もいる。

同じ人間なのにどうして。

宮腰は神様を恨んだんじゃないかな。

自分を殺したいし、それと同じくらい生きたいし、月末を殺したいし、それと同じくらい生きて欲しいから、のろろ様に決めてもらおうと思ったんじゃないかな。

どっちが死ぬにしても、それは悪が消滅することになって、自分が生まれ変われるような気がしたんじゃないだろうか。

やっぱり切ないです。

最後まで宮腰を信じようとした月末と、最後まで乱暴な解決しか選べなかった宮腰に、私は同じ純粋さを感じます。

人間の哀しさというか。

エンディング

そう考えると、結果的にのろろ様の首が落下して、宮腰が制裁されたみたいなんですけど、素直な勧善懲悪とも言えない複雑な気持ちになる。

でも人間には裁けない領域だから、のろろ様という超越的存在が必要だったとも言える。

映画としては、あの豪快なエンディングは大好きです。

答えを出さずに、見る人に投げかけるスタイルの作品も多いけれど、『羊の木』は明確に一つの答えを出した。その強い姿勢が好きです。

それでもこれだけ考える余韻を与えてくれたのだから、それこそがこの映画の底力だと思います。

悪者がやっつけられた、あーよかった、では終わらない。終われない。

月末の、そして受刑者たちの人生はまだまだ続いていく。

受刑者が6人登場したのは、そういう効果もあるのかなと思いますが、その辺はまた今度書けたらいいな。

そうそう、どこかの場面で、松田龍平さんって、意外に大きい人なんだなぁと思いました。体格すらはっきりイメージさせない、ほんとに不思議な俳優さんです。

「普通」の名手の錦戸亮に対して、「普通じゃない」が際立った名演でした。

あー面白かった!