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まるごと∞まんまるスマイル

丸山くんメインながら、全メンバーこよなく愛でるブログ。惚れたもんだから仕方な〜い。

君はひとりか ひとりじゃないか

どうもです。みはるです。

突然ですが、君はひとりだ、って言われるのと、君はひとりじゃない、って言われるのと、どちらがいいもんでしょうか。

一般的にはひとりじゃない、が正解なのかもしれないけど、必ずしもそうとは限らないと思うのです。

パノラマに見る「一人じゃない」

最近、自分の時間の使い方のバランスがうまく取れなくて難儀してます。

人との付き合いを重視すれば自分の時間がなくなるし、かといって自分の時間をかたくなに守ればさみしくなるときもある。体力的にもあまり無理はきかない(年)。

私は一人がいいのか一人でいたくないのかどっちなんだと、ふがふが自問自答しているときに、ふと思い出したのがこちらのパノラマの歌詞。

勇気の一歩 踏み出せたら もう一人じゃない

ここでは「一人じゃない」が、励ましの言葉で登場するんですね。

そうか…一人より一人じゃない方がいいか…そんなもんか…。

おそらく詞の流れとしては、なかなか考えを行動に移せず悶々としてる人への励ましなんでしょうけど。

でも正直…この辺パッとしないなと思ったんですよ。曲がテンションの上がる流れですごくかっこいいから、最終的には力技で大団円なんですけど、自分にとって歌詞は、こうイマイチ、ストンとこなかった。

(いつかの関ジャムJ-POP検定によれば、1番のサビなんてこんなもんなのかもしれないけど。でも「罪と夏」は何も考えなくても好きになれたんですよね)

でも、このド直球前向き応援スタンスはエイトとしては王道のはず。

この「一人じゃない」っていう言葉は、すでにエイトソングでよく出てるんじゃないかなあと思って、ちょっとパート別に考えてみました。

エイトソングにおける「一人じゃない」

丸ちゃんの場合

まず私がいちばん最初に思い出したのはHeavenly Psycho。

でもこうして繋いだ手 ひとりじゃない
    ---Heavenly Psycho

丸ちゃーん!!

丸ちゃんにそう言ってもらえるとそんな気がしてくるよ!誰だパッとしないなんて言ったの、出てこいコラ!(お前だ)

うーむ、好きな人に言われる「一人じゃない」はなかなかのパワーがありますな。これがアイドルパワーか。(主観のかたまり)

でもそれだけでなく、この歌詞のいいところは、

不安だってわかりあって笑ってたいね

ここだと思うんです。この「一人じゃない」は、不安を抱えたもの同士の寄り添い方なんですね。しかも手と手を触れ合わせて確かめ合う実感もある。

じゃあ他のメンバーのパートだとどうか。

すばるさんの場合

一人じゃないよ アホな仲間と
目の前には 大切な
    ---道

泣きのすばるキター!沁みるー!

すばるさんと丸山くんの共作であるこの歌詞は、大切な人を見つけて、過去の自分と決別し、これからを前向きに生きる決意の歌になってます。

この「一人じゃない」は独り言めいた印象を受けます。自分自身に確かめているような。

そしてすばるさんの「一人じゃない」といえば、忘れちゃいけない、LIFE御大の降臨です。

だからもう一切、もう一切振り返らず歩み続けたい
僕は一人じゃないから
    ---LIFE〜目の前の向こうへ〜

応援でも慰めでもない、自分への宣言。もはや宣戦布告。なんだかけなげ。

このLIFEはすばるさん自作の歌詞じゃないし、雰囲気は全然違うのですが、語りかける対象が自分自身だというところは不思議と「道」と重なっています。

LIFEは私にとって大事な曲なんですが、メンバーにも大切にされてる曲ですよね。

それはバンド演奏の歴史はもちろんだけど、聞く人を一方的に応援する歌詞じゃなく、聞く方にも歌う方にも平等に訴えかけて鼓舞してくれる歌だから、ってのも大きいんじゃないかと思います。歌ってても気持ちが奮い立つんじゃないかなぁ。

しかもそれを歌い上げる人がすばるさんだってところにも、少なからず効果はあると思う。

ここからは妄想にも近い勝手なイメージなんですが、すばるさんって、生きるのに不器用で、広く浅く付き合えないタイプだったんじゃないかと思ってます。

特に若い頃はずいぶんと孤高の存在だったんじゃないかと。あの若かりし頃の眼光鋭いすばるさんに、初めましてでそう簡単に近づいていける人っていなそう。

少なくとも私は無理だな!街で見かけても、絶対息殺して見守るのみだな。絶対に見てるのがバレないよう、いっそ空気になりたいと願いつつ、でもすべて記憶に残そうと全力で集中するだろうな。いやそもそも私が声かけられるメンバーなんていないか。誰を見ても固まっちゃう。テレビとかで本人にフランクに話してる自称ファンとか異次元に感じる。

…話がズレましたが、つまりそんな孤高の影を背負ってるすばるさんが「一人じゃない」と歌うことで、より切実さが増すんじゃないかと思うんです。

例の呪文、「ずっといっしょ」も同様。

ずっといっしょ ずっといっしょ
ずっといっしょ ずっといっしょ
---元気が出るSONG

…うう…文字にすると実に重い。

でもここがすばるさん発信だってことが肝心なんだろうな。ちゃんと制作ドキュメンタリーでそれを伝えてくれたことで、ファンにとっては重みが全然違う気がする。

大倉くんの場合

さすがすばるさん、エイトのフロントマンらしく印象的なの持ってるなと思ったら、大倉くんこそけっこう「一人じゃない」持ってました。

涙ふいて笑いな ほら急☆上☆Show!!
一人じゃないよ)
      ---急☆上☆Show!!

わああ!甘い!大倉くんの甘い声はズルいぞ!!(独断)こっちが魂胆をわかっていても、結局その魅力に負けてしまうことを見透かされてるようなあざとさを感じるんだ!(考えすぎ)

『僕は今星を見ていたよ』
ひとりじゃないってことはひとりの夜にわかる』
    ---涙の答え

……。

当時あまりよく考えないで聞いてたけど、これすごい歌詞だったんですね。歌いだしからロマンティックが止まらない。これがセカオワか…。(セカオワ全然わかってない)

でも、大倉くんならこういう甘ーーーいスピードワゴン小沢チックロマンチックテイストもさらっと歌いこなしちゃうんだな。さっすがシティボーイだぜ!なんて、ちょっと茶化したくなる隙も残してるところがまた憎い。いや憎めない。どっち。

lalalalala…誰もが皆
lalalalala…ひとりじゃないんだよ
    ---ひとつのうた

これも甘い!大倉くん甘やかし担当か!

でも大倉くんって、あの甘い王子様的マスクでありながら、かなりシニカルに現実を見てると思うんですね。物事の本質を見てる。そうわかったつもりでいても、結局あの笑顔のギャップにまんまとしてやられる。この無限スパイラルにはまってからだいぶ経ちます私。無邪気さと闇が無造作に共存してる。

個人的に大倉くんってものすごく興味深いんですが、とりあえず今はこの辺にしときましょう。

面白いことに、これら大倉くんの持ってる「一人じゃない」は、どれも聞く人を対象に語りかける「一人じゃない」なんです。

語りかけるのはHeavenly Psychoも同じなのだけど、あっちは手をつないでる分距離感がだいぶ近くて、こちらは遠くから声を届けてくれる感じ。王道アイドルだな!

でも正直、この辺の「一人じゃない」はそれほど私にはグッと来ません。こそばゆいというか照れくさいというか。どうしても茶化したくなっちゃう。

だって大倉くんがね〜以下再び無限スパイラル突入なので強制終了。

以上!

…あれ、「一人じゃない」エイトソング、もっとあるのかと思った。いやまだありそう。でも私の今の記憶力とサーチ力ではこれが限界だということで。

私的「一人じゃない」分類まとめ

で、探してみた結果、私にとってグッとくる「ひとりじゃない」とそうじゃない「一人じゃない」があることがわかりました。

グッとくるのは、対象が語り手自身か、語り手に近い相手を実感させるもの。

グッとこないのは、語りかける対象が、漠然と遠くて、不特定多数になってるもの。パノラマもそうです。

でもパノラマだって、私がもっと若くて、何か一歩を踏み出せずに悶々と悩んでるときだったら、強く背中を押された一曲になったのかもしれないんですけどね。

それに、グッとこないからと言って嫌いかといえば全然そんなことないんですよね、不思議なことに。

関ジャニ∞の「一人じゃない」がアリなわけ

ここまで分類してきて、歌詞のパート分けの絶妙さのせいか、自分がエイトの歌を考えるとき、自然とそのパートメンバーをリアルにイメージしてることに気がつきました。

仮に歌詞がピンとこなくても、その背後にいるメンバーをイメージした時点で、もうかなりの部分を許容しちゃってるんです。末期ですかね。

正直なところ、私はエイトを好きになるまで、熱い応援メッセージソングを毛嫌いして生きてきたんです。THE絆とか、◯◯時間テレビとかも苦手なあまのじゃくで。その真逆で人のダークな部分を突きつけるようなヒリヒリするものが好きだった。それも若さだったんでしょうが。

なのにどうして関ジャニ∞は自分にとってアリだったのか。我ながらずっと不思議だったんですが、その答えが出ました。

「それを関ジャニ∞が歌うから」

字面だけではありきたりで陳腐になる歌も、彼らの存在が透けて見えることで、ひねくれ者の私にも、その言葉がすんなり入ってきたんじゃないかなぁ。

しかも、彼らを知れば知るほど、ただにぎやかな関西のあんちゃんたちじゃなく、一人一人、孤独や闇を秘めていることがジワジワ伝わってくる。(こっちの妄想かもしれないですけどね!!)

そんな、孤=個をしっかり持った彼らが歌うからこそ、「一人じゃない」という言葉がリアルに響いてくるし、そうやってここまでつながった今が奇跡と感じられる。

変わらないものなんてないとわかっているから、その稀有な関係性がまぶしくて愛しい。

もちろん私が見てる彼らは、ごく一面的で、それもお仕事用かもしれないとも思いつつ、でもそれでもリアルなんじゃないかと感じさせてくれるんだよなあ。

頼むよ~解散なんかしないどくれよ~。

つまり、私は曲以前にまず、彼らの個性、関係性がまるごと好きなんだと思います。曲であれコントであれ、そこから派生してるから好きになる。同じ曲でも他のグループが歌ったらここまで響いてないと思う。

そして、そう強く感じていながらも、やっぱり私の根っこは変わらないんです。

それでもひとり

ここからちょっとエイト以外の話をはさみます。

実は先日、私が長らく追いかけてるもう一つのバンドが新曲を出したんですけど、その歌詞の中であいも変わらず「みんなひとり」と断言してて、関ジャニ∞とのあまりのギャップに苦笑しました。

そのグループはBUCK-TICKと言って、先日9/21、すばるさんの誕生日前日にデビュー29周年を迎えてます。来年30周年!長っ!紆余曲折あったけど!笑

そういえば関ジャムユニコーンの回にちらっと出て来たんですよ。大昔の髪立ててた映像だけどびっくりしたわー。

彼らの場合は、ずーっと「ひとり」を歌って29年、なんですね。ダークな曲でも前向きな曲でも大前提が「ひとり」。もちろん他の要素もいろいろあるんですが、歌詞に関してそこは一貫している。と思う。

でもそうやって、人は誰しも「ひとり」なんだ、と強く毅然と歌われることも、ときに私を励まし、奮い立たせてくれるんです。けして後ろ向きじゃなく。ひとりでいいんだと。

何が言いたいかというと。

私の内面には、人の孤独を受け止めて強くありたいと願う気持ちと、人と人との絆が愛しくて、自分もそれを欲しがる矛盾がずっとあって、いい年して思春期のように立ち止まってしまうときがあります。

今がそうなんですね。気持ちが弱くてブレブレなんです。

きっと、自分をしっかり持ててればそんなことにはならないと思うんですが。

だから、関ジャニ∞のことを好きな気持ちはきっとずっと変わらないけど、ちょっとの間、人の情報や感情に流されずに、マイペースに自分の中で熟成させてみようかなと思ってます。

そういうときもあっていいかな〜と思って。

ブログはまた書きたいことができたときに書くと思いますが、よそのブログやツイッターに顔を出すことはちょっとお休みしようと思います。(最近すでに存在感消えかかってますけどね笑)

親しくさせてもらってる方には、ご無礼本当にすみません。いつもさりげなく気にかけていただいて本当にありがとうございます。

以上、結局長い自分語りになってしまいましたが、ここまでお付き合いありがとうございました。

ではまた、そのうち!


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